阪神・淡路大震災から約1カ月後の1995年2月27日。神戸市立吾妻小学校で発表会が行われました。
避難所にもなっていた吾妻小学校の校庭で児童約200人と避難住民、ボランティアの方々と一緒に合唱をしました。
『しあわせ運べるように』が初めて披露された日です。
それから神戸市にある180近くの小学校や追悼式典でも歌われるようになり、成人式では参加者全員で合唱をすることもありました。
また中国、イラン、アルジェリアでも歌われるなど神戸から日本、世界へこの曲が届けられています。
作曲したのは当時この小学校で先生をされていた臼井真先生。
震災で東灘区の自宅が全壊し、先生自身も被災されました。神戸で生まれ育った先生は変わり果てた街を目の当たりにし、数々の思い出が失われ、絶望感で胸がいっぱいになりました。そのとき、「子どもたちの歌声で、壊れた神戸の街を包みたい」と思われたそうです。
7月10日。臼井先生の訃報に接して、昨年春のNHK歌コンにて、先生のご指導の下母校の大学臼井ゼミの皆さんと一緒に歌われた藤原紀香さんの手記が掲載されていました。
「単なる合唱曲ではなく、亡くなられた方々への祈りであり、生かされた私たちへの願いであり、未来を生きる子どもたちへの希望そのものだと改めて感じました。ー中略ーー
深い悲しみの中から立ち上がってきた人々の姿、支え合うことの尊さ、そして希望は人から人へと受け継がれていくのだと改めて深く感じました。」
