(ほ‐8) ボーヤ
「坊や」です。アニメ「まんが日本昔ばなし」のテーマソングは “♪~坊や良い子だ ねんねしな” で始まりましたね。 でも昭和の時代、音楽業界やエンタメ業界で “ボーヤ” というと、そのバンドや一座にくっ付いて雑用を行なう若者を指しました。 そうです、今回は “業界用語” の話しです。
“ボーヤ” とは、移動の際に楽器や荷物を運んだり、買い物の使い走りをしたり、メンバーが疲れた時には肩揉みをしたりの “付き人” として働く中で バンドマンとしての技量を磨いたり 業界の人に名前を憶えてもらったりした人達のことでした。・・・将来、メンバーに欠員が出た時に正式メンバーとして加わることを目標にして。
この、ボーヤ出身の人では「ザ・ドリフターズ(ドリフ)」の「志村けん」さんが有名です。お笑いグループのドリフは元が音楽バンドで、ベースのいかりや長介氏をリーダーに、キーボードの荒井注氏、ギターとボーカルの仲本工事氏、ドラムとボーカルの加藤茶氏、ギターとキーボードの高木ブー氏 の5人で演奏活動を行っていました。1966(昭和41)年の ザ・ビートルズ来日公演の際に “前座バンド” を務めたことは有名ですね。そして1974(昭和49)年に荒井注氏が脱退した後を埋めるために 1968(昭和43)年からボーヤをしていた志村氏が晴れて正式メンバーとして加わったのです。その後の彼の大活躍や コロナによる悲劇のことは、皆さんご存じのことと思います・・・。
ところでその後、“付き人・雑用係のボーヤ” の中で 楽器や機材の扱いに習熟した人達も出てきました。ただ運搬を手伝うだけでなく、舞台セッティングやチューニング、修理やメンテナンスなど 高度な技術や知識を活かして 特定のバンドやグループだけでなく、ポピュラー音楽業界全体を技術的な面から支える人達が1985(昭和60)年ごろから出現し始めたのです。この人達は初めの頃、主に地方公演(Road)のサポートを行ったので「ローディ(Roadie)」と呼ばれるようになりました。もちろん今では都会のステージでも活躍しています。また、音楽系の専門学校には “ローディ科” や “ローディ・コース” をカリキュラムに取り入れているところもあるほどです。私も教員現役時代に生徒と共に吹田市江坂にある音楽系専門学校に行って、音響や照明など舞台装置の動きをコンピューターに入力して動かす手はずを体験させて戴いた経験があります。凄かったです・・・。
ただ、“ローディ” という職名が まだまだ定着していない「地方」では、年配の会館関係者から “ステマネさん(ステージ・マネージャー)” とか “インペクさん(インスペクター)” などと呼ばれることも多いようです。早く “認知” されると良いですね。