(よ‐7) ヨイトマケの唄
作詞・作曲・歌 美輪明宏。当時 “丸山明宏” と名乗っていた美輪氏が 1966(昭和41)年に発表した、女手ひとつで子どもを育てる “働く母親” を歌った曲です。「ヨイトマケ」とは 今のように重機の無かった当時、建設現場の土木作業で力仕事をした人たちのことです。
子供の時、屈強な男たちに交ざって重い槌を引く母親を見て「自分がしっかりして、早くこの母を楽にしてやろう」と思った唄です。6分を超える長い曲ですが、12年前にはNHKの紅白歌合戦で美輪氏本人がフルコーラス歌いました。またこれまでに、米良美一氏や桑田佳祐氏など沢山の歌手がカバーしています。
ところで話は変わりますが、私が中学に入学した年に それまで三つの地区にそれぞれあった中学校が統合して 一つの大きな中学校になりました。校舎は私の実家から程近い丘の上の城跡に計画されました。しかし、建設が遅れて実際にすべてが完成したのは私が二年生になってからでした。なので入学した一年間は旧校舎で授業を受けて、体育の時間になると男子は先生の運転するトラックの荷台に乗せられて “採石場” のような所に行き、スコップやシャベルを振るって砂利をトラックに積み込む、という作業をやりました。面白かったのは、トラックの荷台に乗って国道を走ったことと、学校を出発してすぐにガソリンスタンドに立ち寄って、先生が「やってるか?」と聞くと スタンドの人が「やってない、やってない!」と答えたことでした。警察の交通取り締まりです。
採石場ではスコップで砂利をすくう時に力を出すため、当時 流行り始めていた「父ちゃんのためなら エーンヤコーラ! 母ちゃんのためなら エーンヤコーラ!」という掛け声を、男子全員が叫びながら作業していました。その情景を先生達はどう思って見ていたのでしょうか・・・。古き良き時代というか、昔は全てがおおらかでした。以上が私の「ヨイトマケの唄」の “原点” です。