雄さんの昭和ひとりごと (い-8)

(い‐8) 祖 谷

 「いや」です。徳島県山奥の “日本三大秘境” の一つに数えられている地域で、“谷渓やだに” という深い渓谷の作る景観と、川に架かる “祖谷のかずら橋” という吊り橋は有名な観光スポットになっています。また、1185(寿永4)年の屋島の戦いで源氏に敗れた平家の一部が逃げ込んだという “落人伝説” があり、たいらのくにもりが幼い安徳あんとく天皇を奉じて逃れ住んだ “佐家さけ” という屋敷が今も残っています。「かずら橋」は源氏の追っ手が来た時にすぐに切って落とせるように、あえて簡便なつる植物のカズラで作ったという説もあるのです。私の愛読する紀行作家の故宮脇俊三氏が会社員時代に高所恐怖症の同僚と三人で祖谷渓を旅したときの “珍道中” ぶりを「汽車旅12ヶ月」(1979年 潮出版)という本に書いています。少し長くなりますが、引用してみたいと思います。

 ・・・祖谷渓は想像していたよりけわしいところだった。ちょうど Vの字とおなじ60度から70度くらいの傾斜で曲折しながらつづき、道はかなり高いところを地図の等高線のようにくねっている。このくらいの急傾斜になると、下から見上げれば斜面に見えるが、上から見下ろすと断崖のように感じられるものである。「こないだも乗用車が一台谷底へ落ちた」とタクシーの運転手が言う。「落ちるほうも大変だろうが、それを回収するほうはもっと大変だ」などとも言う。谷のいちばん深いところでは水面から100メートル以上と思われる高さにまで道がせりあがり、ガードレールの外側には小さな小便小僧の像があって、谷底めがけて腰を突き出している。運転手はその像と並んで立ち、小石を谷に向かって投げたりするので、見ている方がハラハラする。そのうしろで、高所恐怖症でないほうの一人が片足だけ道の向こうへ出している。これは相当高所に強いと言える。私は道の外へは一歩も出られない。問題の人は道の中央に立って、危ないからやめなさい、などと言っている。

・・・祖谷渓には有名なかずら橋がある。床部に丸太がくくりつけられてはいるが、あとはカズラを編んだだけの吊り橋で、これを渡らないと祖谷渓に来たことにならないような名所である。だから三人とも渡らなければならない。まず一人がすいすいと一分ぐらいで渡る。長さは45メートルでたいしたことはないにせよ、手すりの壁綱に手も触れないのだからえらいものである。つぎに私が渡る。高さは12メートルだから高い橋ではないが、股の間から下は丸見えだし、一歩踏み出すたびに足元が弾むから壁綱を片手で握らなくてはとても渡れない。恐る恐る渡り終わってふりかえると、最後の人が渡ってくる。両手が壁綱を握りしめているので横歩きになっている。歩くといっても立ち止まっているときのほうがながいから手すりにつかまって川面を眺めているようでもあり投身寸前のようにも見える。

引用は以上です。私はまだ祖谷に行ったことがないので訪れて上記の名所を見て体験して、そして平家の落人が伝えたという名物の「祖谷そば」をぜひ食べてみたいと思っています。