(く‐8) 空 也
「くうや」です。空也は又の名を “阿弥陀聖” “市聖” “市上人” とも呼ばれた平安時代中期の高僧で、修行のため諸国を廻り ひたすら「南無阿弥陀仏」と口で称える「称名念仏」を日本で初めて実践した「浄土教・念仏信仰」の先駆者と称されています。京都に「六波羅蜜寺」を創建して活動の拠点とし「踊念仏」を布教して廻りました。また動物を愛し、猟師に射殺された鹿を憐に思ってその皮を法衣にし 角を杖頭に取り付けて、生涯離さず歩いたと言われています。70歳で没した同寺には、その姿で布教活動をする空也の立像があります。口から “南無阿弥陀仏” の六文字を表す六体の小さな阿弥陀仏像を出す「木造空也上人立像」の写真が社会科の教科書に掲載されていたのを皆さんも覚えていますよね。私は高校の日本史の授業中にこの写真を見てなぜか “パン食い競争” を想像して「食うや(空也)食わずで歩いたから、仏像までパンに見えてるのかな?」などと罰当たりなことを考えていました。空也上人様、申し訳ありませんでした。今ここに、お詫び申し上げます。
さて、ことし一年このブログをご愛読下さって有難うございました。来年も頑張って書きますので、宜しくお願い致します。では皆様! 良いお年をお迎え下さいね。