(こ‐8) 昆 陽
「こや」です。兵庫県の伊丹市にある地名で、飛鳥時代から奈良時代にかけて活動した僧の「行基」が築いたため池の「昆陽池」や「昆陽寺」、そして歴史的な「昆陽宿」など 古くからの要衝・宿場町として発展してきた自然と歴史が共存する土地です。
字は、古くから中臣氏が名付けた「児屋」でしたが、行基が 建立した寺に「昆陽寺」と名付けたことから「昆陽」と書かれるようになりました。文献によると江戸時代には「小屋」と表記されたこともあったそうですが、今ではどの地区にも残っていません。
このように地名は非常にデリケートなものなので、私たちは先人から受け継いだものを後の世代に伝えて行く義務があると思うのです。しかし「昆陽」は難読地名なので、一部の施設などでは “ひらがな表記” にする例も出て来ています。でも地名は “財産” なので、ふりがなを打ってでも漢字表記を続けて欲しいと思います。
ところで行基が灌漑用に造ってくれた “昆陽池” ですが、今では自然が豊かな水辺となっていて、日本の野鳥やシベリアから渡って来た オオハクチョウやマガモ、ユリカモメやツグミなどの憩いの場となっています。そのため “バードウォッチング” に訪れる人も多いです。
なお、この池は別のことでも有名です。伊丹空港(大阪国際空港)から飛び上がった飛行機が機首を目的地に向けるために伊丹市の上空を旋回しますが、そのとき眼下に “日本列島” が見えて乗客は驚きます。実は昆陽池の真ん中に日本列島の形をした緑多い島が造ってあるのです。鳥たちはそこで羽を休めるのですが、遙かシベリアから飛んできた鳥たちが 伊丹の空から下を見て「ああ、やっと日本列島に着いたんだ!」と安堵して 昆陽池に舞い降りる光景が目に浮かんでくるのです。