雄さんの昭和ひとりごと -つ_2-


(つ‐2)ツェルニー

ピアノを習った人は、練習しましたね「ツェルニー30番」や「ツェルニー40番」。このように日本では教則本の名前のように思われている「ツェルニー」ですが、実は人の名前です。「Carl Czerny」 オーストリアの人です。彼はピアノの名手で、10歳のときにあのベートーヴェンの前で「悲愴ソナタ」を弾いて弟子入りを許されたほどの神童で、21歳のときにはピアノ協奏曲第五番「皇帝」のウィーン初演を任されたほどベートーヴェンの信頼が厚かったそうです。後年には、あのフランツ・リストにピアノの指導を行い、人生の友としても長く付き合ったそうです。また作曲家としても数多くの曲を残しています。しかし、なぜか当時はあまり評価されなかったそうです。彼が再評価され始めたのは20世紀後半からで、著作「我が生涯の思い出」も出版されたのは1968年と遅く、ベートーヴェンに関する重要な情報がたくさん埋もれてしまったと言われています。作品も、21世紀に入ってから積極的に演奏会でとり上げられることが多くなってきたそうです。ところで「ツェルニー」と発音するのは日本だけで、世界的には「チェルニー」と呼ばれているそうです。カール・チェルニー。本当はこのブログも昨日の(ち‐2)の回に掲載すべきだったかも知れません・・・。